東医大の女性差別と年齢差別の事件に深い興味をもって進捗を眺めておる昨今であるが、この東医大の事件には、結婚という存在が、大きな意味を持っていた。
つまり、結婚し妊娠しキャリアの中断が起こる事から、東医大の事件が起きた、という部分があるからだ。
では、そもそも結婚とは何なのであろうか?
昔なら、便利な家電が無かった故に困難な家事があり、また女性が仕事をできなかった、という事もあって、生活をする上で結婚が必要不可欠であった、と想像できる。
だが、しかしだ。近代の平成の世はどうであろうか?
家事なんぞ一人暮らしの人なら自分でこなしているし、女性は女性で十分一人で食っていくこと可能ではないか。
こうなってくると、もはや、結婚する意味は、一つしかないと思う。
ご飯を一人で食べても美味しくない、という感じの意味で、寂しさを埋めるという意味しか残っておらんと思うのだ。
しかし、そうなってくると別に異性だろうが同性でもよかろう? という気にもなってくる。
現代社会において、もはや、結婚制度は無意味なのでは、なかろうか、と思うのであるが、どうであろうか?⬛️