The Catcher in the Rye

日記です。無断転載、無断引用、オーケーです。

女装から考察する、性別的役割分担。。。

最近、女装系のブログを読んで、興味深った。そこで、今回は、女装をする男性の心理から、現代社会を考察してみたい。

 

まず、わたしが読んだ女装ブログの内容は、ざっとだが、20代の会社員の男性が、日々の仕事で疲弊し、その癒しのため、デリヘル(赤ちゃんプレイ)を呼んで、仲良くなり、そこから、女装に目覚め、日々、女装にいそしむ、そんな感じだ。

 

彼は、ロリータ系の衣装に身をつつみ、女性に変貌し、街を闊歩するのだが、痴漢にあったり、ナンパされたり、女性特有の痛み、を実感し、女性専用車両の必要性などを説く。男性、女性という二つの性を、一つの身体に内包した、稀有な人物の意見であり、説得力があり興味深かった。

 

そこで、わたしは昔、喫茶店でみた、ある女装をした人物を思い出した。私は、コーヒーをしばきながら、煙草を燻らせ、喫茶店に設置されていた週刊新潮をみるともなしにみていた。

 

対面の席に、ある女性が座った。歳の頃は、60前後という感じであろう。しかし、彼女は、全身から酷い発汗をしていた。わたしは、おいおい大丈夫かな? と不安を感じ、彼女を、じっくりと見た。

 

しかし、よくみれば、みるほど、彼女は彼であった。女装をした男性であったのだ。そこで、わたしは、思った。ああ、女装をして、外出していることにより、過度に緊張をし、その結果の発汗であろう、そう脳内で結論をだした。よって、大きな問題は、ソコには無い、と判断をし、自分の世界に還った。

 

これらのことから、少ない女装者との接近経験であるが、年齢問わず、女装が日本の水面下で流行の兆し、を見せているのではなかろうか? と思っちゃたりする。まあ、少ないサンプルだから、何とも言えないけどさ。

 

例えば、最近、昔に比べると、女性的な男性が増加傾向であるし、漫画とかドラマでも頻繁に女装が取り上げられている。海月姫とかさ。

 

この傾向は一体全体なんなのか? と。

 

日本って文化的に性別的役割分担が強い国家だ。男は家、女は家庭、明確に性によって役割を決める。

 

だが、しかし、だ。世の中、男性的な女性もいるし、女性的な男性もいる。また、男性は、日本の慣習だと、強くあらねばならない、というプレッシャーがある。家を守る、女性を守る、責任、経済的プレッシャー。

 

日本は男尊女卑社会と言われるが、その反動として、男性には重い責任が課せられる。日本的な男を社会で演じるというのは、かなり大変な作業でもあるのだ。競争社会だし。

 

まあ、女性は女性というロールを強制されているわけで、一概にどっちのロールが厳しいとは言えないけど、競争、生存、責任という面では、男性性が厳しい、と言える。

 

その、溜まりに溜まったプレッシャーの発露が体現化し、男性の女性への憧れ、が、醸成され、女装や、それに付随して、女装をテーマにした、漫画やアニメといった創作物に流れている、と私は思ったりするのだ。

 

近年、日本は男尊女卑と謳われているけれど、その反面、男性は自殺が多かったり、子供は男児より女児が好まれる、とか、女性が優位的だ、と思われる事例も多い。

 

つまり、日本の男尊女卑は、女も大変だけど、男も大変、っていうわけなのだ。はっきり言って、日本の性別的役割分担のロールプレイは、かなり無理が来ている、んだと思う。

 

もう、ちょっと、この枠構造、、、無理。カタツムリだから、、、、。

 

そういう断末魔が、女装、男性の女性への憧れ、、、から、聴こえてくるのだ。否、男性だけでは無く女性がらも、同時に聴こえるのではないか?

  

であるなら、であるならだよ、いい加減、欧米的な、男女で、あまり役割を明確化しない、ファジーなシステムに切り替えて、仕舞えばいいじゃないか? と率直に感じるのだ。

 

人間、無理は身体によくないっすわ。

わたしは、そう思うけど、どうであろうか?■