The Catcher in the Rye

日記です。毎週、日曜日更新の予定です。無断転載、無断引用、オーケーです。

偏差値教育を今すぐやめるべき理由

近年、日本の教育って、ちょっとオカシイんじゃねーの?

的な意見がチラホラ散見される。

 

まあ、確かに日本の教育って異常な部分が多くあるけれども、

私が、一番、やめた方が良いなって思うのは、

ズバリ、偏差値教育である。

 

街を歩いていて中高生が通うような塾の前を通ると、

偏差値が高いのであろう、なんたら高校に何名合格とか、早稲田大学に何名合格とか

東大に何名合格、とか貼り出してあって、ああいうのを見ていると暗澹たる気持ちになる。

 

ここで私がいう偏差値教育とは、入学試験の点数で合否を決めるという、日本の一般的な試験システムを指す。

 

欧米圏の大学や高校の場合、入学の合否を決めるのは、大学入試なら高校時代の内申書であったり、課外活動であったりで、それを入りたい学校に送って合否を判定する。だから、日本みたいに必死な受験戦争がない。

 

日本の、クソどうでもいい暗記ばっかの記述試験のために、膨大な時間を若い学生が時間を費やす、っていうのが、無駄としか思えないのだ。

 

頭が柔軟で、いろんな可能性のある若い時期は、貴重な時間なわけで、それを、こんな暗記のために費やすなんてバカげてるよ。

 

だいたい、頭の良さ、と大学入試のパズルみたいな問題の結果なんか、関係ないって。

 

東大や早稲田や慶応に合格している人たちが受験勉強で何をやっているかって、入試に出る問題のパターンを暗記していくっていう作業。だから、効率よく暗記をできた者が高得点を取れるわけで、そこに何の意味があるんだ? って思っちゃうだよね。

 

受験生の頭の出来を知りたいなら、やはり高校生なら、3年間をトータルでみて、どういう成績をとってきたのか? あるいは、どういう行動をとってきたのか? という部分を見ていかないと意味ないんだよ。

 

一回勝負の試験で高得点を収める、そこで、その人物を判定する、なんて不可能なんだよ。

 

入試の成績がいくら良くたって、普段の授業で真面目にやれてない人なんか、伸びないんだって、最終的に。

 

日本のこういう偏差値至上主義の、一発勝負の大学や高校の入試は、弊害しかないって思う。

 

欧米社会を見たって、研究でも起業でも、なんでも欧米圏が日本の何倍も先をいっている。そこで、欧米と日本で何故差ができるか? っていったら、いろんな要因があるのだろうけれども、やはり教育の方法がマズイとしか思えないんだよね。

 

今は、暗記できる人間が重要という時代じゃない。ネットで検索をかければ、すぐにデータは引き出せる。だから、偏差値至上主義で、暗記が得意な人間を優秀としていてはダメで、自ら考えて答えを出せる主体的な人間を優秀としないと、世の中、回っていかないんだよ。

 

だから、こそ、大学入試は廃止すべきだし、偏差値教育をやめていくべきなんだと思うんだよね。

 

なにより、若者の若い貴重な時間を、クソみたいな暗記で終わらせるなんてバカげてるんだよ。どー考えても。▪️