The Catcher in the Rye

日記です。無断転載、無断引用、オーケーです。

容姿格差を考える。

Twitterを見ていたら、ある印象的なTweetに出会った。

 

その内容は、女性が整形をした事を告白したのもので、

容姿が良く無い、と幼少より親や周りに言われたことが辛かったこと、

思春期に入り、容姿の良い友人(女性)は、どんどん男性にアプローチをうけて恋人ができ、それを横で指をくわえて、見ている辛さ、

そういう経験を経て、整形に至ったこと、などが書かれていた。

 

確かに、どんなに綺麗事を言ったところで、

男性は美人に弱い。

美人と不美人がいれば、露骨に対応が変わったりする事もあろうよ。

 

しばしば学校の先生なんかは、

大事なのは外見では無く、内面だ、って言うけれども、

世の中、そう単純じゃあ無いよな、って思うもんね。やっぱり。

 

特に、日本って世界的に見ても顔面至上主義みたいな所があるじゃんね?

例えば、女子アナとか、顔なんか関係ない職業にしたって、美人ばっかでさ、

つまり顔で選ばれている。

 

TVをつければ、お笑い芸人の中年のおっさんが、

女性の顔を笑い者にしている。ブスとか平気で言うし、

美人がいれば露骨に優遇する。

 

子供は、こういうテレビや日本の世間で育っているわけで、

そりゃ、顔が大事なんだな、美人じゃ無いとダメなんだな、って思っちゃうよ。

 

近年の日本は、貧富の格差が大きな問題になっているけれども、

同時に、容姿の格差っていうのも、実は結構、シビアな問題なような気がする。

 

容姿の格差って貧乏と違って一見、厳しい問題に見えないから、事態はより深刻な気もする。

 

最近、Twitterで#me too というハッシュタグが注目されてて、それは女性が男性にセクハラをされた被害を訴えたものなのだけれども、被害にあった女性は、

すごい美人ばっかなんだよね、基本的に。

 

確かに、セクハラは許されない社会的な問題なのだけれども、逆の見方をすれば容姿が優れている、という性的な意味での強者という側面を彼女らは持っている、という見方もできうるわけじゃんね。

 

彼女らは、人生において、その突出した美貌で、いろんな利益をもまた教授しているはずなんだよね。だから、セクハラされても仕方ない、とはならないのだけれど、実際問題、プラスの面も絶対あったはずなのだ。

 

彼女らは、学生時代にモテモテだったはずで、それを羨望の眼差しで見ていた同性の容姿に恵まれていない女性がいたはずで、美人がセクハラにあうとしても、不美人は、美人になりたいって、思ってるはずで、それは、やはり不利益より圧倒的に利益が大きいことを知ってるからなのだよね。

 

その不利益、利益というのは、モテるモテない、というだけではなく、人生における数値化できない部分の充足感にも影響しているもんで、なかなか言語化するのは難しいけれど。

 

テレビや映画、漫画を見れば、でてくるキャラクターは美形ばっかだし、

ほんと、容姿っていうのは、重要なんだ、と思わされる。

 

それは、もう、その人の人生を変えるほどにさ。

 

学校の先生じゃ無いけど、日本は、もう少し、人を容姿で判断するのを

やめる時期に来ているんじゃないかと思う。

 

容姿は変えられないもので、それゆえに、人は、そこにセンシティブになるし、

だからこそ、あまり容姿に触れる文化は、良くないと思うのだ。

 

どうであろうか。。。▪️