The Catcher in the Rye

日記です。毎週、日曜日更新の予定です。無断転載、無断引用、オーケーです。

神が死んだ時代の道徳

アイシスのテロや古くは十字軍の戦争、

日本なら仏教の腐敗とか、先の天皇を神と祭り上げ神国をうたい多くの犠牲を払った大敗北とか、そういう連綿と継続した世界のあらゆる宗教史の蓄積と、インターネットの普及による世界横断的な情報のシェアで宗教というものが、だんだん多くの人に、これってただの迷信じゃないか? と思わせ始めていると思う。

 

例えばキリスト教イスラム教は同性愛を禁止してて、最近みたニュースによるとインドネシアで同性愛者が鞭打ちの刑にあったというのがあった。一体全体、同性愛者が、同性愛者というだけで、どんな罪を犯したというのか? 全く合理性がない。

 

こういうような愚かな行いの連続が宗教にはある。で、だんだん現代人の宗教離れが起きているんだと思う。日本など、熱心に宗教を信じてる人は若い世代だと皆無に近いだろうし、欧米だって似たようなもんだろう。

 

しかし宗教には、弱者に優しくするのは良い、という刷り込みを人に与える力もあり、良い面もある。でも、今の時代、実質、神は死んだわけで、どこに道徳の拠り所を我々は見つければ良いのであろうか?

 

例えば、人を殺してはダメだ、と言ったところで、宗教が無いのであれば、なぜ殺してはいけないかが分からない。他者を悲劇にあわせるからダメと言われたって、それ自体に何故ダメか? という理由なんかないわけだ。

 

その解明できない理由こそ、宗教が担っていた役目で、宗教が死んだ時代では、もう個人が自分の信じる価値感を信じて生きていくしかない。

 

何が善で何が悪か? 我々は、もう自分自身で選択していくしかないのだ。神から自立し、自分の意思で生きていく時代が現代なんだと思う。

 

だから、正義も悪も人の数だけに存在する。違う道徳をもつ他者との共存、摩擦し傷つけあい、その先に何が待っているのであろうか? ▪️