The Catcher in the Rye

日記です。毎週、日曜日更新の予定です。無断転載、無断引用、オーケーです。

日本の憲法に問題はあるけれど、自民党には改憲を任せらんない理由。

自民党の安倍首相は

よく改憲したい改憲したい、主張しているけれど、

わたしは、

日本の憲法に問題はあるけれど、自民党には改憲を任せらんないって

思っている。

 

まず、憲法っていうのは民法や刑法とは大きく性格が異なる。

 

民法とか刑法みたいな憲法以外の法律は、一般人が、人を殺してはいけない、

強姦してはいない、ものを盗んではいけない、

したら、刑務所行きとか罰金だからね、っていうもの。

 

それに対して憲法は、

政治家や公務員に対する法律で、例えば基本的人権を守れとか、

そういうのが書かれていて、

政治家や公務員が暴走をするのを防ぐための法律なわけ。

 

ようは権力者を制限するのが憲法の意味なわけだ。

この憲法のルールに反する法律は、権力者サイドは作れない、

そういう仕組みになってる。

 

で、安倍首相をみていると、二点、憲法を変えたい意図が見える。

 

一つは自衛隊

憲法には軍隊をもってはダメだ、と明記されているけれど、

日本は自衛隊という名の軍隊を保持している。

だから、憲法に、軍隊を保持でできるとしないと、いろいろ問題が発生する、

だから、改憲したい。

 

これは理解できるんだよね。

 

実際、軍隊が無い前提で憲法が書かれているので、

緊急事態に軍隊をどう扱うか? という項目がないから、

自衛隊が暴走してしまうと、手が付けられない。

 

欧米の憲法には、この辺は書いてあるから、

危険なんだよ。今のままだと。

 

ここまでは安倍首相の主張は理解できる。

 

で、こっからなんだよね。

二点目に、どうも基本的人権やら、そういう国民の権利を

国が守らないといけないという制限を外そうとしている向きがある。

 

ここを外されると、

一気に戦前の日本みたいになる。

 

で、安倍首相は戦前の家族社会とかを理想としているし、

欧米的な人権の項目を外しにかかるのは、目に見えている。

 

だから、自民党には改憲を任せらんない。

 

そもそも今の日本国憲法だって、

アメリカが作って日本に与えたんだけど、

その制作過程において、

いろいろ日本の官僚や政治家がいじっている。

 

例えば女性の人権の項目とか日本は男尊女卑的で

不味いからあったのだけど、削除されてたり、

国民の三大義務、教育納税勤労の義務とかも、

あんなん憲法の権力を監視する性格に反しているわけで、

あとから日本の官僚や政治家が勝手に書き足している。

 

まあ、そんなわけで、

日本の憲法には改憲しないとダメな点はあるけれど、

自民党改憲すると、人権する無くなってしまう、というわけで、

なかなかに

隔靴掻痒という感じなのだ。

 

わたしは自民党改憲するのは反対だけれど、

将来的に、ある程度、信用がおける、政党がでれば

どんどん改憲していけば良いって思ってる。

 

実際、欧米圏じゃ、憲法をどんどんいじっているしね。

 

まあ、憲法を変えるには最終的に国民投票が必要だから、

あとは日本人の選択次第だよね。

 

日本はマスコミは、

記者クラブ制度で権力サイドに取り込まれているから

自分で読んで考えて、

日本人個人個人が投票するしかない。

 

あの朝日新聞だって戦時中は、戦争最高! ってノリだったわけで、

もう、

信じられる物は日本にはないんだから。▪️

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感情をコントロールできない人間は大人じゃない。

日本の社会や、

会社にいて最悪だと思うことは、

感情をコントロールできない人間が多すぎる、っていうこと。

 

政治家をメディアで見ても平気で怒鳴り散らしてるし、

一般の人でも、仕事で怒鳴り散らしてる人が多い、

そもそも

学生時代の教師もそうだった。

なんかあったら理由も説明しないで、怒鳴り散らす。

中には物にあたったり、男女ともに叫んだり、ヒステリックな人もいてさ。

 

怒鳴り散らしたり、喚いたり、物にあたったり、

そういうのって、周りの雰囲気が悪くなるだけで、

何もいいことがない。

怒鳴られた方も、理由を言われないから、意味がわからないしさ。

 

はっきりいって、ヒステリックで相手のことを考えられない

人間は子供なんだよ。

 

ただ喚くだけで、物事が改善して行く、と思ってる。

 

そりゃ子供なら泣けば、親がなんとかしてくれるだろうけど、

大人は違う。

 

泣いても喚いても、状況なんか改善しない、

ただ、良くなるように、頑張って、論理的に動くだけ。

 

欧米圏と日本を比較して一番、大きい違いはここなんじゃないかと

思う。

 

欧米圏いくと子供でも論理的話すし感情的にならない。

多分、日本の親みたいに、ギャーギャー怒鳴って躾をされていないから、

きちんと話して相手に理解させる、感情的なるのはダメって習慣が

身についているんだと思う。

 

日本人は、すぐに怒り狂う、大声をあげる、

そういうことが、恥ずかしいという感覚がない。

感情で、相手を支配しようとする。

 

そうやって親や学校に、躾をうけてきているので、

それが正しい、と思い込んでいる。

 

ようは、社会全体が幼稚なんだよ。

 

そうじゃなくて、

こうこうで、こうだから、それはダメだ、とか、

淡々と説明していけばいいだけなんだよ。

 

そいで、どうしても改善しないなら、

その個人を呼び出して、意図的に強めに言う。

人前でギャーギャー怒っても、相手のプライドを傷つけるだけで

なんも良いことない。

 

人前で怒鳴るなんか日本だけ、だからね。

異常なんだよ。海外では。

 

で相手を精神的に破壊して、

会社なら社員がいなくなったり、学校なら生徒が不登校になったりするわけで、

そういう教師や上司は、部下や生徒を破壊した責任は自分にあるってことを

何も理解していない。

 

ただ、相手のメンタルが弱いっていう。

 

でも違う。

 

責任は教師や上司にあるんだよ。たまたま、マトモな上司や教師に当たった

人が元気にやっているだけでさ。

 

だから、生徒や部下を破壊した教師や上司は責任をとって

辞めなくちゃいけないわけだ。

 

怒鳴り散らして、

相手のせいにすりゃ、そりゃ楽だろうけどな。

 

家で家族といったって、夫婦といったって、

上機嫌に装うのは、大人の条件だよ。

不機嫌な人がいるだけで、周りは最低の雰囲気になるんだから。

 

もし、あんたが、辛いなら、感情的に抑えられないなら、

河川敷にでもいって川に叫べば、いいのだ。

 

くそー!!、とか、死にてー!!、とかさ。

 

良い歳して、子供のように不機嫌な感情を平気で撒き散らす。

こんなん日本でしか許されない文化だよ。

 

ようは、世界では

感情をコントロールできない人間は大人じゃない、わけだ。

 

いいかげん、

日本社会の大人も、子供から大人になってくれませんかね?

 

良い大人が、ギャーギャー騒ぐな、泣くな、叫ぶな、

人生なんか、みんな大変なんだ、

耐えられないなら、黙って死ね、

本当にお願い致します。▪️

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子供いるから離婚できない、は違う。

夫婦仲が険悪になっても、

離婚しない理由のネットのスレッドを閲覧していたら、

経済力がないとか、

子供がいるから、

という理由が多かった。

 

経済力がない、という理由なら、

経済力をつければ良いと思うし、

子供がいるから、という理由にしても、

夫婦仲が悪くて、

いやいや一緒にいる両親よりも、

片親の方が、

子供にとっても良いと思うんだよね。

 

毎日、家に帰って、

両親が険悪じゃ、

家の空気がピンと張りつめちゃって、

息をするのも、子供にとっては苦しいと思うし。

 

結局のところ、

今ある環境を変えるって、

転職でも、結婚でも、大変な作業で、

今が辛くても、

耐えるって方が楽ってなっちゃう。

 

今の環境が死ぬほど大変だとしても、

そういう選択肢になってしまう。

 

でも、勇気を出して変えるって選択をして、

動かないと、

ずっと辛いまま、なんだよね。

 

動いた先が、実際に、

もっと大変になる可能性もあるけれど、

何にもしなきゃ何にも変わらない。

 

結局、アクションを起こしても

起こさなくても、何かしら大変なことになるなら、

あとは、

どっちの大変さを選ぶか、だ。

 

わたしなら、

行動して、大変な目にあう方を選択する。

 

たとえ、その先に絶望や闇が待っていたとしても、

あと時、ああしておけば良かった、と

振り返って思いたくないから。

 

何か行動してダメだったら、

仕方ねーな、やるだけやったんだし、と思えると思うから。

 

あなたは、どっちの大変さを選びますか? ▪️

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

好景気だけれど、消費が上がらない理由。

マスコミや政府は、

アベノミクスが成功して

好景気だ好景気だ、って言ってるけれど、

実体経済に目を移すと、

デフレが進行してて、物の値段は下がっている。

消費も上がっていない。

 

これは一体、どういう事なの? を考えたい。

 

アベノミクスとは、そもそも通貨供給量を増やして、

円を安くし、

海外で日本製品が売れやすくする、というものだ。

 

規制緩和やら女性の活躍やらも、首相は言っているけれども、

実際問題、何もやっていない。

 

でも、アベノミクスの円安政策は実際、効果的で、

日本の輸出系企業の業績は上がって、結果、好景気になっている。

 

なっては、いるのだけど、

日本企業は、好景気になっても、

終身雇用制度で動いているので、中途採用をしない。

 

だから、不況期に非正規になったり、中高年であったり、

主婦で働きないな、という人たちがいても、

正社員になれない。

 

好景気の恩恵をうけて就職しやすいのは、新卒だけって話になる。

 

こういう日本独特の就職制度があるため、

企業の景気が上がっても、一向に非正規労働者は減らず、

消費は上がらない。

 

つまり、日本経済が不調の原因は、

終身雇用制度があって、中途採用がないため、なのだ。

 

そこを解決しないと、

いつまでたっても景気なんか上向かない。

 

少子高齢化の影響で、若い人材がいないから、

新卒は就職良いという傾向は続くだろうけど、

その若者も、10年もすれば中年になって、

転職できなくなるわけで。

 

結局、規制緩和をして、正社員を解雇しやすくしないと、

なにをやっても無駄なのだ。

 

好景気でも、みんなビンボーで物が売れない、

これってようは、

日本は好景気という名の不景気の中にいるってことなのだ。▪️

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正義の正体は悪な理由。

日本の世間には正義、

あるいは、正しい価値観、というものが溢れかえっている。

 

タバコはダメだ。

男は経済力がなかればダメだ。

真面目に働かないとダメだ。

生活保護はダメだ。

etc、etc、無限に続く、正しさの積み重なるetc、、、、。

 

世界に目を移せば、

イスラム的価値観が正義と考えるムスリムがいて、

欧米圏の民主主義的な価値観と衝突している。

 

欧米先進国は自国の価値観を正義と信じているし、

イスラムイスラムの教義を正義と信じているから、

どこまでいっても交わらない。

 

割り切れない素数だ。

 

こうして考えて行くと、

我々が考えている、正義や正しさは、

疑わしい、ということが分かる。

 

我々、あるいは個人個人が正義や正しい、と信じている事象も、

別の他者やグループに所属している者、あるいは見地から見れば

悪でしかない。

 

つまり、正義や正しさ、など、

所詮、どの個人が見るか、

どの時代から見るか、

どの国や環境で育ったのか、

というバイアスがかかった、まがい物なのだ。

 

正義や正しさ、は絶対的な価値観ではない。

それは宗教的なもの、あるいは迷信的なものでしかない。

 

ツバメは低くとんでれば、明日は雨とか

B型の人間はズボラとか、そういうレベル。

 

だから、こそ、正義をふりかざすのは危険だ。

他者からすれば、それは悪でしかない、ということには往々にある。

 

他者のことなど、我々は理解不能なのだから。

 

じゃあ、

神にも慣習にも、すがれない現代社会に住む我々は

どこに縋ればいいのか?

どこに立脚点をもてばいいのか?

 

答えは論理しかない。

 

プログラムをコーディングしていくように、

一変の曖昧さのない論理、これが、

これからの時代を動かして行く。

 

Aという理由があるから、B。

 

こういうデータや統計や事実をベースにした話しか、

成り立たない。

 

神も宗教も、慣習も、正義であり悪であり、

曖昧としすぎ、他者や異なるグループを横断する軸には

なり得ないのだ。

 

これからの時代は、言葉の力で、論理的に説明できうる

価値観だけが流通していく。

 

神は死んだのだ。

人間が神を作り、そして殺し、

あらたに論理という名の神が誕生した。

 

それが、現代、我々がいるポイントだ。▪️

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映画『告白』の感想

Netflixで邦画の「告白」をみた。

2010年の映画なのだけど、心に刺さったので感想を書きたい。

 

主演は松たか子氏で、彼女はシングルマザーで中学校の教師役。

ある日、学校のプールで幼い娘が、

あやまって溺死する。

 

しかし、死因に疑問を抱いた彼女は、

自ら調査しサイコパス傾向のある自分のクラスの生徒A

自然死に見せかけた犯行で、自分の幼い娘を殺害したことをつきとめる。

 

そこから、彼女の生徒Aに対する復讐劇が始まる、という内容。

 

この映画で印象に残ったのは

娘を殺害した生徒Aには罪悪感がまったくないというところ。

 

Aは、ただただ、自分の欲望のまま、

松たか子氏が演じる教師の子供を殺す。

 

つまり、Aには、善悪の感覚が欠落しているわけだ。

 

だから、こそ、松たか子氏が演じる教師は、

善悪の感覚や、逮捕に対する恐怖をもたないAに、

決定的なダメージを与えられる方法を模索し、実行する。

 

その方法は、映画を見てもらうとして、

この映画で、まず感じたのは

結局のところ、

人間同士は自国人同士ですら、

理解し合えない、

ということだ。

 

我々、日本に住む人間同士、価値観が近いと言ったところで、

やはり他人で、

それぞれ考え方が異なる。

 

人を殺すことを何とも思わない人間もいるし、

人の命が重いという人間もいる、

そもそも、

容姿が美しい人もいれば醜い人もいて、

裕福な人もいれば、貧しい人もいる、

圧倒的な格差が我々には生まれながらにあり、

ゆえに、

圧倒的な価値観の差異が我々にあっても、

当然といば当然なのだ。

 

つまり、

我々は、「他者を理解できない」のだ。

 

自分以外の人間のことなど、結局、理解不明の存在であるのだ。

 

だから、よく男は女を理解できない、とか

女は男を理解できない、とか

他人の考えが分からない、とか

最近の若者が理解できない、とか

あらゆる他者を理解できない、というフレーズが

世間に溢れかえっているけれど

そもそも

我々は自分のことしか理解できないわけだ。

 

日本は、

島国で均一的な価値観をもっていると考えられており、

それゆえに、

他者を、自己と同一の価値感をもっていると

決めつけがちだ。

 

だが、違う。

 

日本に住む1億3000万人が、

それぞれの違う価値観を保持している。

 

我々は、個人個人、異なる価値観をもち、

個人個人、異なる「正義」をもっている。

 

映画の犯人のように、他者の子供を殺害することを

正義と思う人間もいる。

 

だから、自分の価値観を絶対と思わない、

他人は自分と違う価値観をもっている、ということを認識することが

まず他者とコミュニケーションする第一歩なのかも、  

と感じた。

 

我々は、結局、どこまでいっても孤独なのだ。▪️

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いきなり、電気自動車になる時代です。

世耕経産大臣が、

「いきなり電気自動車にいけるわけでもない」という

コメントをしているニュースを見た。

 

これに対し、

わたしは

「いきなり電気自動になりますよ」と思った。

 

世耕大臣は業界のしがらみだとか、

今の電池の性能がどうとか、

航続距離だとか、

そういうのを心配しているのであろう、と思うのだけれど、

でも、

そうじゃない。

 

感覚的な問題。

 

今、名古屋に住んでいるのだけど、

道で、しばしばテスラの電気自動車をみる。

 

テスラの車は高いから、

おそらく富裕層で、家に充電設備のある人が乗っている

んだと思うし、

事実、

高級住宅やアパートの駐車場には、

電気充電の設備がついている。

 

まず、じわじわと富裕層に電気自動車が浸透しはじめているわけだ。

 

で、なんで電気自動車が普及するかというと

理屈じゃない。

 

理屈を並べれば、まあ、いくらでもあるのだけれど、

例えば、電気制御だからITと相性が良いだとか、

中国やインドの大気汚染を防ぐには電気自動車しかないから、

そういう多くの人口を抱える国が電気自動車に強制移動していくとか、

欧米圏が、法律で電気自動車しか使えないようにしている動きだとか、

ね。

 

でも、そういう理屈レベルの話じゃなくて、

電気自動車が走っているのを見ると

リーフでもテスラでも、

もう感覚的に、

「ああ、ガソリン車より、

電気自動車に乗りたい」

って思っちゃう。

 

だから、まずお金に余裕のある層が、電気自動車を買っている。

 

この感覚はまさしく、

iPhoneの出始めに似てて、

はじめはiPhoneなんか使いものに何ないよ、

って、日本人みんな思ってて、

でも

しばらくして、日本以外の欧米やアジアで流行して、

で、あれ? なんかiPhoneって便利でクールって雰囲気になって、

一気にiPhoneが普及した。

 

そのガラケーからiPhoneへの変化は、

ある日、一瞬で、起こった。

 

それは、もう劇的なまでに、刹那で変わった。

 

だから、

電気自動車も、まず、

日本では流行らないけど、

世界で流行し、そして一気に電気自動車に切り替わって行くと思う。

 

そして、日本と日本の自動車企業は取り残される。

 

ソニーNCCガラケーが刹那に消えたように、

トヨタや日産の自動車が刹那で消えて行く。

 

そして、海外の電気自動車のメーカーが日本の道路を席巻する。

 

そういう未来は、もうすぐソコだ。■