The Catcher in the Rye

日記です。毎週、日曜日更新の予定です。無断転載、無断引用、オーケーです。

氷河期世代を救うべき理由

今の大卒の新卒求人が空前の売り手市場というニュースを読んだ。

 

アベノミクスが成功した、という論評も多いが、これは間違いで単純に少子化の影響で若い人がいない、というのが、この売り手市場の理由だろう。

 

安倍政権は第三の矢、つまり構造改革をしていない、結果、日本の労働環境が悪劣で、その結果、少子化が進み、若年層の就職が良くなり、好況のように見えるという訳だ。

 

まあ、それでも若い人が就職しやすい、というのは良い状況だが、そこで思うのは、じゃあ、就職氷河期世代の35から45歳くらいの世代はどうすればいいのか? という事だ。

 

この世代は就職時に不況であったことにより新卒で就職できず、非正規や無職になっているケースが多い。

 

そして日本は終身雇用で新卒一括採用だから、新卒で就職を逃すと、なかなか正規の安定した就職が見つけられず低賃金の非正規雇用のまま中高年になっていく。

 

つまり終身雇用制度の新卒一括採用だと、その年の就職状況が、その年代の人の人生を決めてしまう。

 

だからこそ私は就職氷河期世代の中高年に何らかの救済措置がいると思う。このまま無職や低賃金で彼ら彼女らが老いていくと、生活保護や社会不安の要因になる事は自明だから。

 

まだ彼ら彼女らが40前後の今、国レベルで救済措置をしないと、1世代分の厳しいレベルで生活している層がいるわけで、その世代を放置しちゃうと、大げさじゃなく国そのものが消え去るダメージになっていく。

 

また氷河期世代は貧困のため極端に子供をもつ率も低いし少子化の観点でも厳しいものがある。

 

だから国策で、この世代を優先的に公務員で雇うとか、するしか無いと思う。一般企業は終身雇用制度で動いているから中高年を雇う余裕なんか無いのだ。

 

日本の雇用制度の新卒一括採用には、不況時に莫大な失業者を産み、さらに中途採用が無い為、ずっと非正規労働者非正規労働者のままという欠点がある。

 

だからこそ中途採用のある欧米型の雇用制度に移行できないなら、氷河期世代に救済措置が必要になってくる。

 

それに単純に、ずっと非正規で食えない人が多いなんて、なんだか切ない話ではないか?⬛️

 

「隠れビッチやってました」の感想

最近、ネットで話題になっていた「隠れビッチやってました(光文社刊、あらいぴよ著)」を読んだ。

 

内容は、自分にコンプレックスのある著者の女性が、若いときに多数の男性を誘惑し、ターゲットの男性を自分に夢中にさせることよって自分の承認欲求を満たしコンプレックスを無くそうとするが、うまくいかず思い悩み、最終的には、自分のコンプレックスと向き合い生きていく、、、、という感じなのだけれど、清純派を装い男性を落とすとか、彼女の男性を誘惑する手法がギャグ漫画風に描かれており非常に面白かった。

 

内容は笑って泣けて、良かったのだが、わたしが気になったのは、彼女が若い時代、気になったいろんな男性を誘惑しデートをするのだけれど、そのことに対して、大きな罪悪感もっているという点だ。

 

たいして好きでもない男性を誘惑して、食事を奢ってもらって、自己の承認欲求を満たし自分はビッチだ。男性の心を弄ぶ小悪魔だ、と心を痛める。

 

だが、しかしだ。

 

若い女性が気になった男性をデートに誘うことが、なんで、そんなにダメなんだ? と私は思うのだ。漫画を読む限り、デートをして合わなかったらセックスまでいかないし、もう会ってないわけだし。

 

根源的な問題として、日本は女から男を誘っちゃダメとか、いろんな男性と付き合ったらダメとか、意味不明なルールがあって、そういう女性をビッチと揶揄する向きがあるけど、こんなん、ただの「やっかみ」だろう。

 

日本人は男女とも、気になる人がいればデートしたいな、と思ってるのだけれど、内気で恥をかきたくないから誘わない、で楽しそうにデートしている人をみればビッチだなんだ、馬鹿にするわけだ。

 

日本人ならビッチぐらいで、調度いいぐらいだと思うのだ。それでやっと世界標準だよ。

 

恋愛を楽しめる若い時代は短いわけっで、どんどん気になる相手を誘ってデートして楽しめばいいのだ。そこに罪悪感を感じる必要なんか1ミクロンもないよ。

 

恋せよ乙女である。■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本のデザインがダサい理由

映画にしろポスターにしろ雑誌にしろ街の景観にしろ、車のデザインにしろ、ファッションにしろ、欧米圏に比べて、「日本のデザイン」はダサい。で、このダサい原因はどこにあるのか? を考えていきたい。

 

昔、パンフレットとか雑誌の仕事に関わっていた事があるんだけど、ああいうのって、

まず1回目に試作品を作る。でチェックして2回目、3回目、って作っていって、客のOKが出たら完成で、実際に印刷会社で刷って店頭なり街なりにでる、という流れで一つの仕事が終わる。

 

で、1回目のある人物の写真が、あるとする。中年の髪の薄くなった皺のある男性としよう、別におかしくない、どこにでもいる普通の男性、でも、この写真に、どんどん補正がかけられていくわけ。皺をとり、髪が薄いなら髪を増やし、肌の色を綺麗にし、すると、確かにタレントみたいな美しい顔になるんだけれど、なるんだけれど、なんか不自然な感じになる。百貨店に立ってるマネキンみたいになる。綺麗なんだけど、生気がないというか現実感がなくなっていく。

 

料理の紹介のパンフレットでも料理の写真に、どんどん補正がかけられていく。綺麗にはなっていくんだけど、料理が現実から離れていって、美しいんだけれど美味しそうでは無くなっていく。

 

ネットのブログとかSNSに素人がスマホで、ブレブレで、適当に自分で撮っ料理の写真をあげてるけれど、写真の技術は稚拙だけれど、凄く美味しそうに見える。ブレやくすみがあるにもかかわらず。

 

これらが、どういう事を意味するのか? だよ。

 

つまり、全てのデザインというのは、現実感から遠くすれば、遠くするほど、魅力を失っていくわけ。人物の写真なら皺があって禿げててデブってて、それが現実なら、それを、そのまま補正しないで出したほうが、魅力的なんだよ。デザインとして。料理の写真もそう。補正すればするほど美味しそうに見えなくなっていく。

 

日本の映画なんか、出演者を美男美女ばっかそろえて、セットも不自然に綺麗すぎて、作り物感が凄くて、なんか魅力がない。車や家電のデザインも同じで、過剰に、不自然な美しさを追求しダサくなっている。

 

欧米の、いろんなデザインを見ていくと、そういう現実感を織り込んで、意図的にダささや生活感を残りして作られている。だから、こそ生活に馴染む本当に美しいデザインになる。

 

人間は完璧で一点の不備もない存在に魅力なんか感じなない。例えば北朝鮮や中国のプロパガンダ映像とか美男美女ばかりでてくるけれど、不自然感が凄いじゃん。綺麗というより怖い。そんな世界があるわけないって我々は経験値から知っているわけで、本能的に作為の臭いを感じ取る。

 

それより、ブスやブサイクの人が映ってる写真のほうが、納得できるし、美しく見えるわけだ。そもそも、極端な美っていうのはベクトルが美の方にむいているだけで、異形といえば異形であって、自然じゃない。

 

つまり日本のデザインというのは過剰に美を追求し、結果、現実感を損ない、綺麗だけれど汚いデザインになっているわけだ。

 

だってカタログみたいな綺麗な部屋なんか、もしそこで生活したら息がつまるだけだろう?■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1122(いいふうふ)」の感想

講談社から出版されている渡辺ペコ氏の「1122(いいふうふ)」という漫画を読んだのだけれど、非常に面白かった、

 

主人公の、いちこ、は結婚して7年の35才のWEbデザイナーで、旦那の、おとや、とはセックスレス、そこで、この夫婦が下した決断は「婚外恋愛許可制(公認不倫)」、つまりお互いに外で恋愛してもオーケーという取り決めをした。そして、旦那には恋人ができ、主人公いちこの心は揺れる、、、という内容だ。

 

現代では、女性に経済力がついてきたこともあり、一昔前のように、男性が女性を養うという時代ではないため、もう、ほとんど結婚制度が形骸化していると思うんだよね。

だって、若い世代は男女平等をうたって教育されてきて、実際、給料も男女で大きな違いが無い時代なわけで、男性がデートでお金を払うとか、結婚したら家計の責任を背負え、と言われたって、もう腑に落ちない。

 

女性にしたって働いて稼いでいるのに、家事や育児を引き受けろ! と言われても、そんなんやってらんないってなるし、もう従来の「男は稼ぎ、女は家事育児」なんて通用しない時代なのだ。

 

それに結婚していようが、今の時代は嫌いになれば離婚するし、結婚前にセックスしちゃダメなんて時代でもない。

 

そう考えていくと「結婚」と「恋愛」には大きな違い、というものは存在していない。あるとすれば「子供」という要素で、日本は結婚しないと子供はダメ、みたいな社会的慣例があるので、結婚が大きな意味を持っているのだと思う。

 

実際、欧米圏だと結婚しないでも、女性が一人で稼いで子育てできるので、婚外子が50パーセントにも達している国もある。有名ブロガーのチキリンさん「少子化を解決するなら、結婚を増やすのでは無く、女性が一人で働いて、子供を育てられる環境を構築することだ」というような事を書いていたけれど、まさに、その通りだと思う。

 

だから、少子化を解決するのに結婚を増やそうとか、政府が婚活を推奨するとか、的外れすぎる。もう今の時代は、結婚していようが、いていまいが、どうでも良い時代なのだ。

 

直木賞作家で今、93歳の佐藤愛子さんがラジオで若者に向けて一言くださいと言われて「上の世代は若い人に、ああしなさい、こうしなさい、というけど、みんな自分勝手に生きているんですよ。だから、若い人も自分勝手に生きればいいんですよ」と言っていて、それを聞いたとき、わたしは何か救われような気がした。

 

時代によって常識は変わっていくわけで、結婚しない人生もあっていいし、子供のいない人生も良いと思うんだよね。この漫画の主人公のように結婚して、夫婦がお互いに家族愛があっても、性的な関係がないなら、不倫オーケーにするとかも良いと思うし。

 

あーしろ、こーすべき、と世間は言うけれども、そんなん無視して、みんな「自分勝手に生きれば良い」と思うんだよね。

 

だって世間なんか、人生の調子の良いときは、チヤホヤしてくれるけれど、人生が不運の時なんか無責任に中傷してくるわけで、そんな無責任な世間なんか相手にする必要なんか無い。

 

人間は、自分の好きなように生きればいいのだ。■

 

 

 

 

 

 

 

 

「日清どんべい 天ぷらそば」に、ついて思う事。

わたしはカップ麺が大好き、というわけではないけれど、好きなカップ麺が一つある。それは「日清 どんべい 天ぷらそば」である。汁も美味しいし、天ぷらのサクサクとした食感もいいし、自分の中で、カップ麺の王様はコレである。

 

次点は「日清カップヌードル 醤油ラーメン」で三位は、袋めんだけれど、「日清の焼きそば」である。こう考えていくと、日清製品ばかりで、この会社の作る製品の味は、乾麺の中で突出していると思う。日清のチキンラーメンも美味いし。

 

日清の乾麺の何が美味しいって、味に癖が無い。シンプルな味だから、飽きが来ないし、また食べたいなと思わされる。狙って味付けしてるなら、恐るべき日清だぞ。で、そんな、日清製品ラバーの私だけれど、ひとつ言いたいことが日清様にあるのだ。

 

家で、私はカップ麺を作るとき、カップから麵と粉をだして鍋に入れて、ぐつぐつ茹でて作る。そして自分の器にいれ、食す。

 

なぜ普通にカップに湯をそそぎ作らないのか? 理由は二つある。一つは鍋で茹でたほうが早くできるからだ。先の「どんべい」なら通常で作ると5分待つことになるが、鍋で茹でれば、約1分でできる。タイム イズ マネーなのである。

 

二つ目は、カップ麺の容器で食べるより、自分の食器で食べたいのだ。食べ物は目で食べる、という言葉もあるように、見た目も重要で、あのポリエチレンの容器で食べるより普段使っている自分の食器で食べるほうが美味しい気がするのだ。

 

で、こういう風に食している私からすると、あのポリエチレンの容器が邪魔なのだ。どの道使わないわけで、ゴミとして捨てるわけだけれど、結構、かさばるし今の時代、物を捨てるのも、てーへんなのだ。

 

だから「どんべい」なら「どんべい」の中身のまま、袋めんタイプを出して欲しいのだ。そうすれば、作る手間も省けるし、あのカップからだして鍋にいれているときの「わたしは何をやっているのか?」という虚無感からも解放される。

 

つまり、わたしが言いたいのは、「日清 どんべい天ぷらそば」が美味い、ということと、それの袋バージョンが欲しいという事だ。

 

日清様、お願いします!■

 

 

 

 

 

 

若い男性が恋愛をしない理由

近年、草食系男子という言葉が、しばしば見られるように若い男性が恋愛をしないという。で、なんで最近の若い男性が恋愛をしないのか考えてみたいと思う。

 

まず、基本的には「恋愛は大変だ」という事が認知されたからだと思う。男性が彼女を作れば、時間もとられるし、地方ならデートをするために車もいるし、デートの食事や映画や旅行にかかる費用も男性持ちなので、かなりかかる。そのうえで、彼女が気分がよくなるように接待さながらチヤホヤしないといけない。

 

デート代だけとってみても、月に4回くらい会ったとして5万くらい。車の維持費もあるだろうし、はっきりいって非正規や派遣で給与の少ない男性としては彼女なんか作れない。

 

また正社員の男性だって、若いうちは日本企業は薄給だし、家賃や光熱費、あとスーツやパソコンなんか買ったら、もう家計はカツカツだろう。彼女に奢ってる場合じゃない。その上、日本企業は労働環境が過酷なので、休日はヘロヘロで、彼女に気を遣うどころじゃない。普段パワハラ長時間労働で肉体的、精神的にボロボロで、彼女に気を遣う余裕なんかなくSEXやデートをするより睡眠したいわけだ。

 

中高生や大学生の男性だって、当然、親に養われている段階で、財布に余裕なんかないし、実家に暮らしていれば、ご両親がいるわけで、彼女を気軽に家に呼ぶわけにもいかないし、なかなか恋愛なんかしてられない。

 

その上で、オシャレにも気を使わないといけないし、そもそも容姿に恵まれていてないと恋愛の土俵にも上がれない。

 

いっぱいお金や時間をかけても、付き合えるとは限らないし、奢らせるだけが目的の女性も多いしね。実際問題。

 

今の人は知らないとは思うけど、1990年代のバブル期は、アッシーやメッシーという単語があって、女性は「ご飯を奢らせる専用の彼氏」「車を出してもらって送り迎えさせる専用の彼氏」など場合分けして彼氏を作っていたりしていた。男性は、バブル時代といっても若い時期は給料が少ないので闇金に金を借りて彼女とのデート代にあてていて、まあ、とにかく男性が女性と付き合うというのは、今も昔も大変な作業なのだ。

 

で、最近の若い男性は、そんな上の世代の先輩男性諸氏をみてきて、そこまで無理して彼女つくらんでもいいだろ、、、という心境になってるんだと思う。昔と違って今は、結婚しなければいけないというプレッシャーも少ないし。部屋でこもってネットをしたり映画を見たり、同性の友人と遊んでるほうが気楽なのだ。

 

性欲なんかネットで大量に無料のエロ動画が出回ってるし、なんなら風俗にいけば数万円でセックスができるわけだしね。

 

今だって若い男性にたいして、「女性にモテないのは恥ずかしい」とか「童貞は恥ずかしい」とかいうプレッシャーが、あるにはあるんだろうけど、よくよく考えれば、モテなかろうが、童貞だろうが、別に誰に迷惑をかけているわけでもない。窃盗やら犯罪を犯したわけじゃ、あるまいし、どうでもいいことなのだ。

 

そんなこんなで、大変な作業である恋愛離れが今の若い男性に起きているんだと思う。

 

当然、そこから派生して結婚も減っていく。結婚は男性が家計の責任をもつわけで、気軽にやめられる恋愛と違い、さらに責任重大で、子供がいれば時間も無くなるし、当然、「そんなん無理」という男性も恋愛離れに比例して増える。

 

だから、ある意味、現代日本で男性が草食化するのは、当たり前なのだ。金も時間もかかる、精神的ストレスも大きい恋愛にさく精神的な余裕も、お金も無いのだから。

 

つまり若い男性サイドから、みれば恋愛は大きな負担で、「もう、こっちからお断り」という状況なのだ。

 

なんだかもう、日本男性は疲れているのだ。恋愛できないほどに。とほほほ、、、である。■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地方に住んでいる人は電気自動車を買うべき理由。

近年、電気自動車の話題が多い。例えば、お隣の大国、中国が排ガス対策で国家の政策レベルで電気自動車の普及を目指している。またインド政府も2030年までに、国内の自動車をすべて電気自動車化すると発表した。

 

人口13億の中国と、人口13億のインドがである。あわせれば地球の人口が70億人として、約三分の一の人口を有するインドと中国が電気自動車を熱心に普及させようとしているのだ。

 

また北欧を中心に欧州でも、徐々に電気自動車が普及が始まっているというニュースも聞くし、電気自動車は今、注目度が高い存在なのだ。

 

そんな電気自動車であるが、日本では、ほぼ全く普及していないという状況だ。やはり、電気自動車は充電設備がいるし、航続距離もガソリン自動車に比べ短い、まだまだ不便な点が多いからね。

 

だが、しかしである。

 

私は日本の地方に住む人こそ、電気自動車を買うべきだと思うのだ。地方は比較的、土地が余っているため、一戸建てに住んでいる人が多い。そのため自宅に容易に充電設備を設置できる。都心だとマンションやアパートに居住している人が多いため気軽に充電設備を設置できない。

 

また地方は、近年の人口減少の影響で、ガソリンスタンドが減っているので、自宅で充電できる電気自動車は、便利なはずだ。加えて、ガソリンに比べて電気のほうが、燃料代が圧倒的に安いので、金銭的な面でも楽になる。

 

こう考えていくと、例えば四国や沖縄など、地方の人が電気自動車を使わないのは、もったいないと思うし、地方における電気自動車の潜在的なニーズは非常に高いと思う。また電気自動車だけでなく電気バイクも同様に潜在的なニーズが高いと思う。

 

中国や韓国の電気自動車や電気バイクの会社が日本の地方に営業をかける前に、日産やヤマハのような日本の電気自動車や電気バイクを製造、販売している会社は、どんどん地方に営業をかけていくべきだと思う。潜在的ニーズが空いている今こそチャンスだと思うし。都心の人は、どうしても充電設備がネックで、電気自動車を買いにくいので企業が営業をかけても、なかなか都心住民には買ってもらえない。

 

ガソリンスタンドがいらず安い燃料費で動く電気自動車を地方の人が買うことはメリットが大きい。それに、発展段階の電気自動車を地方自治体が普及を目指せば、注目度があがり、なんらかの投資がくる可能性もある。

 

地方が、電気自動車を導入しない理由なんかないと、私は思うのだ。どうであろうか?■